引き続き、スタンフォード大学の卒業式祝辞のお話です。
ジョブズ氏の文章は、レトリックをさりげなく使って音が心地よく響くようになっています。
例えば、最初のストーリーの冒頭部分。
I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out?
私はリード大学を入学後半年で退学しましたが、その後1年半ほど大学の授業に潜り込んでいました。では、なぜ退学したかって?
同じセンテンスの中でdrop out と drop-in を使い分けて、状況を対比させています。日本語に訳すと韻を踏まないので、リズムが無くなってしまうのが残念です。
この drop in と drop out は、最初のストーリーの後半にも効果的に繰り返されています。
If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces ...
もし私が大学であの授業に潜り込まなかったら、マックに複数の書体は取り入れられなかったでしょう。
If I had never dropped out, I would have never dropped in on this calligraphy class ...
退学しなければ、カリグラフィーの授業に潜り込むこともなかったでしょう。
同じ文型を繰り返すことで、文章がリズミカルになりますね。
この文章は、レトリックとして美しいばかりでなく、仮定法過去完了を理解する例文としても素晴らしいです。いきなり文法用語を出して恐縮ですが、高校時代、文法の教科書で「過去の状況を仮定して現在の状況を想像する」とかなんとか説明があって、「?」と思ったのは私だけでしょうか?
そして無理やり「If 節は had + 過去分詞、主節は would (could, might) + have + 過去分詞」なんて機械的に覚えさせられて、パズルみたいな英作文をさせられた経験は無いでしょうか?
文法の教科書には短文しか掲載されていないので、どのような文脈で言葉が使われているのかが掴みにくいんです。でも、このスピーチのようにストーリーの中で表現されている文章であれば、その言葉がどのような状況で使われているかが分かります。このような美しい文章を読んだり聴いたりしているうちに表現に馴染んでいくほうが自然だし、楽しいです。
学校で習う英語に挫折感を持っていた私は、仮定法未来だの、仮定法現在だの、仮定法過去だのと、パズルのピースを入れ替えるような英作文や単語の暗記が大嫌いでした。したがって、試験の成績も推して知るべし。
(T_T)
そんな私でも、ある程度の量のリスニングとリーディングを重ねていくうちに、何となく学校で習った文法が分かるようになりました。
学校の授業で英語を身につけられなかったと嘆くことはありません。素晴らしい文章に巡り合えたら、その文章が心に残って、その分だけ語学力は向上します。
スティーブ・ジョブズの卒業式祝辞は、そんな素晴らしい文章の一つだと思います。